カンボジア政府は2015年の1月1日より、縫製業労働者の最低賃金を月額128ドルへと引き上げることを決めた。
カンボジア政府はこれまで労働組合、工場経営者を交えて最低賃金の引き上げに関して協議を続けてきたが、昨年11月12日に労働省が最低賃金額の引き上げを正式に発表し、その金額が128ドルだった。カンボジアでは2012年の総選挙前より縫製業労働者の最低賃金引き上げの動きが加速し始め、当時61ドル以上だったものが、僅か2年もかからず2倍に膨れ上がることとなった。この政府決定に工場経営者側は当然反発した。カンボジア国内で縫製業者のほとんどが所属しているGMAC(カンボジア衣類製造協会)は協議中110ドルを最低賃金とするべきだと主張しており、政府決定に対して工場によっては利益を得ることが出来ず、操業停止もしくは撤退に追い込まれる可能性もあると述べている。
しかし、この政府決定に労働者側が満足しているのかといえばそうとも言えない。労働組合側は協議中177ドルを最低賃金とすることを主張し、昨年末にはカナディア工業地域内でプラカードを掲げてデモを行なっていた。組合の指導者は、今後の対応に関して組合内及び他組合と協議して対応を検討するとしており、今後再び賃上げ要求を再開する可能性もある。
今回の政府決定額128ドルが要求の終わりではない。カンボジア政府は2018年までに最低賃金を160ドルに引き上げることを既に決定している。
この決定は2013年の年末、労働組合の賃上げ要求デモ及びストライキが頻発していた時に労働組合側と労働省とが協議を行い発表したものだ。当時はまだ選挙後の混乱が続いており、与党政府陣営 対 野党救国党労働組合陣営の構図が鮮明となっていた。救国党は労働組合そして労働者層を煽ることで支持を集めており、与党政府としては労働者層からの支持を失う恐れがあるためこのような決定をせざるを得ない、という事情もあった。カンボジアでは賃上げ交渉が政党の支持者集めに利用されていると言っても過言ではなく、与党政府は海外からの投資を逃すわけにもいかないが、支持者を失う訳にはいかないという難しい局面での判断をしていかなければならない。
2018年に160ドルというのは既に決定していることだが、この決定が更に前倒しになる可能性も大いに考えられる。2017年には地方選挙が控えているため、与野党が最低賃金引き上げを支持者集めに利用しない手はない。そして、前回の選挙時に不正があったとして救国党が早期の再選挙を求めているのも忘れてはならない問題の1つだ。選挙制度改革は徐々にではあるが動き始めており、与野党の合意がなされれば2018年を予定している次回総選挙が前倒しにされる可能性があるのだ。また、労働組合自体の動きも依然として活発だ。労働組合は現在の128ドルには満足しておらず、周辺諸国との兼ね合いもあるが今年度中には200ドル前後を要求してくる可能性は十分にある。
避けられない賃上げの動きにどう対応していくのか。
今後も速いスピードで最低賃金が引き上げられていくものと考えられるが、賃 金が上がることで多くの工場が頭を抱えているのが生産性とのバランスだ。カンボジアは今まで、生産性は低いが最低賃金も比例して低かった。今回の128ドルという金額自体も、労働者が生活していくのに十分かと言われればまだ十分ではないだろう。しかし、工場側の問題はこの128ドルではとてもバランスが取れず、さらに今後はそれを保つことも難しくなってくるということだ。では、多くの労働者を抱える縫製業者は如何にして対応していけばよいのだろうか。単純に考えれば、現在生産している製品よりも高付加価値の製品生産にシフトしていくということになるだろう。「カンボジアのこの工場でしか作れない」と言われるような製品の生産が出来れば、自ずと仕事は入り工場の稼働率は上がる。
しかし、この話も簡単にはいかない。カンボジアに進出を決める縫製業者にとって最大のメリットは賃金の安さだったが、それには理由がある。教育の問題もその 1つではあるが、基本的な生活スタイルそのものからくる問題も多く、なかなかすぐには改善できない。時間に無頓着でマイペース、集中して作業が続けられないなど社会に出る以前の段階とも言え、「カンボジア人を雇用していると、会社というより学校を経営しているような感覚になる」という話をよく聞く。縫製工場にもその感覚は当てはまるだろう。今後は、賃金と生産性とのアンバランスさをどのように打開していくかが重要な鍵となってくる。