フン・セン首相の一声、小型二輪免許制度の廃止
去る1月7日、この日フン・セン首相は国民への「贈り物」と称して驚くべき発表をした。日本の小型二輪免許までに相当する125CC以下の二輪の免許を即時廃止したのだ。しかし、交通法規をめぐってはこの発表からわずかに1ヶ月前の昨年12月、交通法規の厳格化を盛り込んだ新交通法規の案内が出されたばかりだった。新交通法規では、無免許運転やスピード違反・信号無視、ヘルメット・シートベルト不着用、飲酒運転等いわばカンボジア国民にとってデフォルトとも言える行為を厳しく罰するとしており、この発表を受け、270万台のバイク登録台数に対して免許所有者が20万人に満たないほぼ総無免許状態のカンボジア国民は混乱と恐怖に陥った。交通警察が新法規の本格施行に向けて取り締まりを試験的に強化する中、取り締まりから逃げるための逆走や猛スピードでのすり抜け等が増加、本末転倒となる事態を招いていた。
1月7日の「贈り物」はこの状態を重く受け止めたフン・セン首相による賢明な判断なのかそれとも単なる選挙対策なのかは不明だが、この首相による鶴の一声での逆転廃止劇はソー・ケーン内相以下、警察関係者が連日新法規施行に向けて会議を行なっていると伝えられる中で突然発せられたもので、国民からは驚きと戸惑いの声があがった。
伸び悩むバイク販売
そんな廃止劇から3ヶ月が過ぎようとしている中、小型免許廃止の恩恵を一番に受けるはずの日系の二輪販売店を訪ねてみた。さぞ売れていることだろうと思いながら足を運んだが、スタッフは遠くを見つめながら「全く売れない、むしろ以前よりも売り上げが下がっている」とポツリ。確かに店内を見渡してもうだつの上がらなそうなバイクタクシーの運転手風の中年男性が1人だけ。スタッフに詳しく話を聞くと、主力車種が「廃止外」である事、この約1年で客の支払形態が逆転した事が主な要因だと考えているという。
このメーカーは、カンボジアでは125CC以上の中型二輪でマーケットシェアを最も多く持っている。125CC以下を廃止した代わりにそれ以外のカテゴリーを厳罰化するという政府方針が中型二輪購入を思いとどまらせる要因となり、かと言って125CCには競合他社との競争があり、中々難しい状況だという。そして、それに加えてこの1年間で現金払い8:ローン払い2だった支払いの比率が逆転、今では購入者の8割がローン払いを選択しているローン依存型社会も売上減に拍車をかけているという。カンボジアではここ数年でマイクロファイナンス分野が急成長を遂げている。とにかく今欲しくてたまらない、我慢できないというカンボジア人心情をうまく取り入れた結果ではあるが、多重債務に陥る者やブラックリスト入りしてローンを組めない者等が急増、この販売店でもローン申請後3割程度の利用希望者が審査に通らないという。そのため、ローン依存に対応した金利0%等のキャンペーンを打ってはいるが、今のところあまり大きな反響は得られていないそうだ。
付いてまわる権利と責任
今回の廃止でカンボジア国民は幸せになれるのか。本来免許というのは権利を得る代わりに責任を果たす事を証明する証書である。今回廃止された125CC以下は、小型二輪とは言え時に人の命を奪う可能性を持つものであり、また自分の命を危険に晒す乗り物である事を忘れてはいないだろうか。カンボジア政府と国民はこの部分をどのように考えているのだろうか。カンボジア政府は今後交通規則の周知に力を入れるとしているが、具体的な方針は示されていない。もし仮に日本で小型二輪(原付二種)免許を取得する場合、技能12時間、学科26時間の教習が必要で、試験に不合格の場合は当然さらに時間が必要となってくる。それだけ公道に出るというのは責任を伴う行為である。カンボジア政府は誰にでも別け隔てなく権利を与えた責任を国民とともに負うべきではないだろうか。例えば自賠責保険のような制度を作り、バイク購入時にはそのバイクに付随する最低限の、対人・対物補償を付ける等しても良いだろう。毎年購入させる税金ステッカーのように毎年更新制にし、その責任を国民と共に負うべきである。
日本に目を向ければ、我々日本人は戦後、自動車産業を基幹産業として成長し、どこにでも自由に移動できる喜びを得た反面、昭和30年代の交通戦争時代の負の側面もどこの国よりも先に経験してきたはずである。世界中常識は変われど、本質的な良識は変化しない。「カンボジア人は云々…」と常に見下すような文句を口にする者もいるが、公道に出ればヘルメット無着用、シートベルト不着用、過剰なスピード等カンボジア人の危険運転と大差ない事も多いような気がしてならない。甘さが己を危険に晒す前に、カンボジア国民と共に免許廃止に伴う責任を見つめてほしい。