//カンボジアサッカー 変革の時は今か

カンボジアサッカー 変革の時は今か

 これまでカンボジアサッカーの現状を何度かお伝えしてきた。特に昨年は、ワールドカップ二次予選でカンボジアと日本が同組になった事もあり、カンボジアのサッカーが盛り上がっているという論調が在住日本人の間で高まった。実際、昨年からサッカー人気が今までにないほど高まっている事は事実であり、代表戦ともなればナショナルスタジアムは5万人を超える観客で埋め尽くされる光景も珍しいものではなくなりつつある。しかし、当サイトでは毎回「盛り上がっている」という声を戒める形で結んできた。そこで今回も、昨年から良い方に変わった事、何も変わらない事、その両面にスポットを当てたいと思う。

 良い方向に変わった点は、まず何と言っても代表戦の観客動員数だろう。代表チームの試合は平均で4万人以上、多い時には6万人が駆けつけて試合を観戦している。数年前を知る人間からすれば、別の国に来たのかと錯覚するほどの観客動員数を誇っている。
急激な変化ではあるが、ここに至る伏線としてカンボジアサッカー協会内に新設されたメディアチームの働きが挙げられる。このチームを率いるラネット・ソカー氏は、国外留学で得た幅広い見識でチームを率い、マルチメディアを利用して国民に対してサッカーの「観るスポーツ」としての側面をアピールしている。また、以前に増して活発におこなわれているテレビ放映、インターネットサイト、フェイスブック等のソーシャルメディアの情報発信も観客動員に大きく貢献している。昨年から放映権を獲得したバイヨンテレビは今年もそれを維持し、新しい中継車を導入するなどしてクオリティの高い放送に努めている。同グループのカンプチアトメイ紙も、国内サッカー関連の記事に大きくスペースを割いている。先日行われたAFCカップ予選、カンボシア対チャイ二一ズタイぺイ(台湾)戦では100枚のメディアパスが発行されたが、発行されるや否やメディアが殺到して即日配布終了となった。
それから、もう一つ良い変化点として挙げるべきは代表チームの成長だろう。イ・テフン監督に率いられて久しいカンボジア代表は、多くの日本人に驚きを与えた昨年の日本代表戦前、そしてその後で全く異なる姿を見せていた。日本戦前は、最善を尽くしたいという意図が見えるいわゆる対日本戦用の人選だった。しかし、その後のW杯予選、そしてAFCカップ予選はソクベン(プノンペンクラウンFC)、パリン(プリア・カンリッチスバイリエンFC)、ポロワット(ナショナルディフェンスFC)などの大胆な若手の起用が目立った。この人選は、若手の成長こそがこの国の成長の一番の近道だと語る監督の思想がヒシヒシと伝わるもので、実際AFCカップ予選は若手主体のチームで臨んで結果を残している。

 観客動員数が増えて注目された事によって奮起した代表が成長できているのか。それとも代表が成長しているから多くの国民が注目し、代表戦に足を運んでいるのか。どちらが先かは分らないが、この2点が相乗効果を持ってこの国のサッカーを良い方向に動かしているのは間違いない。
さて、ここまで良い変化点を述べてきたが、一方で変化に時間を要する点があるのも世の中の常だ。
まず挙げるべき点は、依然として代表チームへの関心と国内リーグへの関心の度合いにあまりにも差がある事だろう。代表戦に平均4万人の観客が入るのに対して、国内リーグの観客動員数は平均数百人にも満たない試合が殆どだ。カンボジアを代表するプノンぺンクラウンFCや、地方チームのプリア・カンリッチスバイリエンFCなどは平均で2 ,000人を超える観客動員を得ているが、中堅以下のチームの試合ともなると観客席は悲惨な有様だ。また、リーグの試合のレベル自体も代表戦からは大きく劣る。豊富に資金を用意できる上位チームと、常に財政難の中堅以下のチームでは選手のレベルに差があるのだ。これは、代表選手が上位チームからしか選ばれていない事からも明らかだ。イ・テフン監督はAFCカップ予選の台湾戦を終えた後の記者会見で、「代表チームの戦っているレベルと国内レベルの差が激しすぎる。プレーのスピード、戦術のレベル、あらゆる点においてレベルが低い。私が常に選手を指導する事はできない。このような状態では選手が継続的に成長していくのは難しく、選手は自分で成長できるよう努めなければならない。」と、変化のない環境に苦言を呈している。監督は今までに何度となく国内リーグに言及してきたが、一部のチームのみに改善が見られる現状ではまだまだ求めるレベルに達していないと言え、この差はますます開いていく恐れすらある。
それから、これはむしろ注目が急速に高まったがゆえに酷くなっている点とも言えるが、代表チームの応援に集まる国民のモラルの低さも問題だ。ダフ屋等の不正をする者、フェンスを乗り越えて勝手に観客席に入り込む者、隣席と喧嘩して騒ぐ者等など、あまリにも幼稚で身勝手な姿が散見された。挙句の果てには、協会の対応が後手に回っている事を指摘する声も多く上がる始末だった。しかし、協会がその力によって観衆をコントロールする前に、まずそれぞれがそこに集まる目的を考え、彼らの自覚の下に改善される事を期待したい。
選手は、強い指導者の的確な指導と国民の注目によって変革の時を迎えているのかもしれない。しかし、それ以外のサッカーを取り巻く協会、メディア、ファンの三者に本当の変革の時は訪れていない。いわば、ようやくサッカーというものがカンボジア国民に「観るスポーツ」として認識され始めたに過ぎない。コアなファンは全体のかなり低い割合に留まるだろう。今後はこの割合を協会、メディア、ファンそれぞれの努力によって増やしていく必要がある。カンボジアでやっと始まろうかという変革の時だが、他の東南アジア諸国は既に何歩も先を行っている。しかし、追いつけないという事はないはずだ。現状を真摯に見つめ、一つ一つ改善していく事で、いつか東南アジアを代表するサッカーの強国になる日が来るのを願って止まない。