6月4日、全国1646カ所の行政区の議員を選出するカンボジア地方選挙が行われた。投票結果は即日開票作業が開始され当日夜には、人民党勝利の見通しが伝えられた。そして25日に最終の結果が確定し、改めて、フン・セン首相率いる人民党の勝利が伝えられた。集計の結果、人民党は全体の行政区のうち約70%で第1党となり、残りの約30%は最大野党の救国党が第一党となった。また議席数では全体の56%を人民党が獲得、残りの43%を救国党が獲得した。どちらの数字を見ても人民党は勝利を納めたが、これまで約97%の行政区で第一党となっていた事を考えると、単純に喜ぶ事は出来ない結果となった。救国党は、プノンペン都、シェムリアップ州、コンポンチャム州で勝利を納め、事前の予想通り人民党は都市部で敗北する結果となった。最終結果が人民党勝利で確定しつつも議席を減らした事を踏まえ地方選挙を振り返ってみたい。
選挙戦、統率と秩序の人民党と衰え知らない救国党。
選挙活動が解禁されると両党共に大規模な選挙戦を展開した。人民党は初日、早朝のダイヤモンドアイランドに支持者数万人を集め、サイ・チョン上院議長やプノンペンのパ・ソチェタボン市長が演説を行った後、支持者が市内を行進した。そして活動最終日にはフン・セン首相自ら先頭に立ち支持者とともに市内を行進した。フン・セン首相が選挙活動に参加するのは初めての事で、声を張り支持者の士気を高めるたり、頭を下げて人民党への投票を訴える姿はとても印象的だった。一方の救国党も初日と最終日にケム・ソカー党首がプノンペンでの活動に参加し、人民党に勝るとも劣らない数の支持者とともに市内を行進した。
活動は両党共に多くの支持者を動員したが、明確な違いがあった。それは参加者一人一人から伝わる熱量だ。人民党は活動に統率と秩序があり、支持者個人と言うよりもあくまでも党の方針を尊重しているように見受けられた。一方で、救国党は支持者個人の意思によって参加し、この選挙に勝利を納めたいと言う熱が支持者一人一人から感じられた。この熱量は前回の総選挙、そして後の混乱の間に救国党に見られたものと似ており、依然として追う者の勢いは衰えてはいなかった。
選挙改革の成果を表す高い投票率。
そして迎えた6月4日の投票日、全国各地の投票所では早朝から人々が列をなしたが、前回の総選挙時に見られたような登録の不備で投票できないなどの問題は起こらなかった。これには、総選挙後に複数の国と団体の支援を受けて行われてきた改革が大きく影響している。改革は選挙人登録システムの変更とそれに伴う選挙人再登録など大規模なものだったが、事前に登録の不備を確認する期間が設けられるなど対策がとられていた。結果投票率は85%以上と言う非常に高い数字となり、選挙管理委員会は本地方選挙を脅迫や暴力の無い、公正で秩序の保たれた選挙だったと説明した。
本当に不信感と不満の現れなのか。
公正で秩序の保たれた選挙の結果、人民党は議席を減らした。この事について識者は長期政権を握る人民党への不信感と不満の現れではないかと口を揃える。しかし、それらを払拭する為に人民党は総選挙後の4年間、様々な面で党改革と信頼回復に努めてきた。その結果が徐々にではあるが現れ始めていることも事実だ。分かりやすいところでは低賃金労働者対策だ。現在カンボジアでは特に縫製業の最低賃金が激増の一途をたどっているが、これは労働組合の活発な動きに政府の強力なバックアップが無ければ果たせなかった事だ。
それだけではない、野党そのものの活動を停滞させる動きも平行しておこなってきた。特に昨年は国民議会において党そのものを解党させる効力を持つ法の改正をおこなった。その結果を受けて、フン・セン首相の最大の政敵であるサム・レンシー氏は救国党代表を解任され、今では国外追放の身となった。
人民党離れの根本にあるものは何か。
これ以外にも様々な対策を講じ支持者獲得に動いているにもかかわらず議席を減らした人民党。その根本にあるものは何なのだろうか。それは人民党とフン・セン首相、不信や不満ではなく「政権交代してみたらどうなるだろう」と言う国民の単純な動機も大きいのではないだろうか。国民にとって政権を交代できる唯一の現実的な選択肢が救国党だ。選挙前にフン・セン首相は「もし仮に救国党が政権を取れば戦争に逆戻りだ」と国民に語りかけたが、国民の中には「また同じことを言っている」と聞く耳を持たない者もいた。つまり不信や不満ではなく、単純に飽きられていると捉える事も出来る。
人民党は実に30年以上にわたって政権の座についているが、カンボジアは国民の半数以上が30代以下の国であり、生まれてからずっと人民党政権下で生活を営んできた事になる。その中で実感はなくとも経済は急成長し、所得も向上した。大多数の人間が人民党の恩恵を少なからず享受して生活してきたはずだ。しかし、生まれてから一度も変わらないと言うのは如何なものだろうか。隣の芝は青く見えはじめ、異なる意見は魅力ある話のように聞こえるものではないだろうか。救国党は前回の総選挙後、人民党が選挙時に不正をおこなった事を主張し、議会ボイコットを繰り返してきた。それにも関わらず支持を増やしている。政治家が政治家たる為の仕事を放棄しているにも関わらずだ。カンボジア国民は30年以上の移ろいの中で「人民党以外の何か」を求め始めているのかもしれない。