//為せば成る。カンボジアサッカー、前向きな変化が結果を残す。

為せば成る。カンボジアサッカー、前向きな変化が結果を残す。

 これまでも何度かこのコラムにて紹介させていただいているカンボジアのサッカー事情。今回の大きなトピックは代表監督の交代だ。これまで率いてきた韓国人のリー・テフン氏に変わって今年3月ブラジル人のリオナルド・ビットリーノ氏が新たに代表監督に就任。リー監督は育成年代に横滑りし、引き続きグラスルーツの底上げに務めることとなった。代表は近年、その盛り上がりに比例し、徐々に実力をつけてきていた。その成長はリー監督と共にあったと言っても過言ではないが、リー氏の去就については昨年末から話題にはのぼっていた。協会関係者に尋ねても答えは留任もしくは解任と二分しており真意をうかがう事は出来ていなかった。そんな中での突然の新監督の就任発表だった。

全ては2023年のシーゲームで成功を納めるため。

 新任のリオナルド氏とは一体どのような人物なのか、出身はブラジルのリオデジャネイロで、選手としてのキャリアを終えた後、1994年から指導者としての道を歩み始め、U17アメリカ代表などで指導歴を持つ。近年は東南アジアの強豪、ランサン・ユナイデッド(ラオス)やブリーラム・ユナイデッド(タイ)等で結果を残している。そんなリオナルド氏にサッカー協会が白羽の矢が立ったのは今シーズン開始前、タイのブリーラム・ユナイデッドがアジアツアーと銘打ち、カンボジアでプノンペンクラウンと親善試合を行った時だったと言われている。
 3月2日にプノンペン市内のホテルで行われた就任会見にはサッカー協会のサオ・ソカー会長も参加した。ソカー会長、そしてリオナルド監督が記者からの質問に答え、監督交代と今後について語った。両者から発せられる「2023年にカンボジアで開催されるシーゲームで成功を収める為、我々の挑戦はまさに今始まったばかりである。多くの困難が予想されるが目標達成の為に努力する」と言う旨の発言は、カンボジアのスポーツ界全体がSEAゲームに向けて動いている事を考えれば当然の内容で、大方針を踏襲したものだった。発言自体にさして珍しさは無かったが、リオナルド氏と代表チームのさらなる成長に協会が寄せる大きな期待はその待遇から知る事が出来た。協会はこれまで不在だった外国人アシスタントコーチを新たに二人契約し、リオナルド氏を支える形で指導の効率化を図った。

監督の交代で変化を始めた代表のスタイル。

 監督が変わればチームの方針にも変化がありどんな選手が選ばれるのか注目が集まったが、A代表世代は多くの選手から選ぶことがまだ難しいカンボジアの事情等もあり、実質リー・テフン監督時代を引き継ぐ顔ぶれだった。しかし、練習等を見ているとすぐに大きな変化に気がついた。それは監督と選手の距離が非常に近い事だ。リー氏があえて選手と距離をとっていた節があるのに対して、リオナルド新監督は自ら選手の中に入っていくような姿勢が見える。アジア人とブラジル人のサッカー感覚の差は少なからずあると思われるが、リー氏がチーム第一主義を貫く戦術重視のチームを作ろうとしていたのに対して、リオナルド新監督は選手の自主性に任せるところは任せているように感じた。その変化はリー氏の頃と比べるとヌルくなった印象を拭いきれず、若干の不安を感じさせた。しかし、そんな心配をよそに、チームは6月12日にプノンペンで行われたAFCアジアカップ予選で格上のアフガニスタンを相手に歴史的な勝利を納めた。試合後、カンボジア国旗を自ら掲げ喜びを爆発させ勝利の興奮冷めやらぬファンの元に駆け寄るリオナルド新監督と選手の姿は新しい代表のスタイルと監督が変わっても成長が止まらない無い事を深く印象づけた。

未知のU22世代を率いて残した結果。

 A代表と同時にリオナルド監督とそのチームはU22世代も率いている。しかし、監督はU22初招集直後の練習時、最初の印象を尋ねた私に「正直、よくわかっていない。未知のチームだ」と実情を打ち明けた。確かに監督の発言通り、招集された選手たちのうち特に攻撃の選手は国内リーグでもあまり出場機会が無い選手も多かった。それでも彼らを招集した理由を監督は次のように話した「招集した選手は普段のリーグでもベンチに座っている選手もいる。しかし、機会を与えて経験を積ませる事が彼らには大切だ。A代表と比べると多くのタレントを招集出来ていないが、カンボジアの挑戦は始まったばかりだ。日本だって昔はそうだっただろう。日本が挑戦を始めた頃例えばジーコが日本でプレーをしていた頃、日本は強くなかった。今のカンボジアの様に当時の日本は挑戦者だった。挑戦には経験が必要だ」日本人になじみ深いジーコを出すあたりが同じブラジル人の監督らしいところだが、その未知のチームでまたもリオナルド監督は歴史的な出来事をカンボジアにもたらす。
 7月にプノンペンで、中国・日本・フィリピンを招いて行われたAFCU23選手権グループ予選で中国に引き分けたのだ。驚きを伴う歓喜の時をカンボジアにもたらした監督だが、引き分けへの布石は練習のときから既に敷かれていたのかも知れない。攻撃主体の演習メニューがそれだ。ほとんど攻撃練習に時間を費やす監督に若干不安を抱いたが、守備の選手に目をやればA代表と同じくリー・テフン時代を踏襲する、この時点でリオナルド監督は守備が大崩れすることは無いだろうと言う自信があったのかもしれない。既に安定の取れている部分に大きく手を加える事を避け、新たに招集した選手が多く連携が難しい攻撃練習に注力していた。そして迎えた初戦の中国戦、センターバックで代表経験豊富なビサール(スバイリエンFC所属)がキャプテンを務めたこの試合、安定した守りと活きの良い中盤が終始責めの姿勢を崩さず前線にボールを出し続け、特に前半は中国選手を翻弄する場面が幾度も見られた。結果、0−0のスコアレスの引き分けと言う結果を残した。カンボジアが中国に対して引き分けるのはどの年代を通しても初めての事だった。カンボジア代表は大会を通して責めの姿勢を崩す事は無く、日本戦では0−3で敗北を喫したが、フィリピン戦では勝利を納めた。これまでの代表が見せていたような集中を欠く事の無い守備と、リオナルド新監督の元に生まれた新しい攻撃のスタイル、新旧が融合した結果だった。

為せば成る、その為の努力と投資が支える成長。

 新監督に変わってからも結果を残す事に成功しているカンボジア代表だが、何が彼らを支えているのだろうか。それは現状を見極める努力と適切な投資だろう。リオナルド氏の代表監督就任に伴ってリー氏が育成年代に転任した事などは正にそれだ。リー氏は代表監督を務めていた際にも、育成年代での底上げがこの国の更なる成長には不可欠であり、育成には強い興味があるとの発言をしていた。この意見を汲みこれまでA代表を成長路線に乗せてきたリー氏を育成年代に転任させるという人事は理想的な人員転換と言えただろう。また、育成年代にはリー氏の他にも日本人の指導者も関わっており、2023年のシーゲームで成功を収めると言う目標に向けて育成年代からA代表に至まで指導者の質が保たれている。それに加えて国内リーグの統括団体が新組織に移管された事で代表チームとしてのブランド作りと見せ方の分野でも協会は活発な活動を継続して行う事が出来ている。国際親善試合の回数も数年前と比べ数倍に増え、AFCU23選手権直前にはタイのムアントン・ユナイデッドを招き、国際親善試合を催した。注目を集める為の投資をし、そして注目される事でまた利益と次に向かうモチベーションを得る。カンボジアではあまり見られないサイクルだが、サッカー協会にはその良い循環が出来つつあるように感じる。
 為せば成る、為さねば成らぬ何事もとはよく言ったもので、数年前には考えられなかったような変化が代表チームに正に今起こっており、今後も良い方向への変化を続けるだろう。U22代表チームは今月半からクアラルンプールで開催されるシーゲームに参加する。まずは予選を突破し決勝トーナメント進出を果たす事が、カンボジアにとって大きな目標と成る。国内からすでに非常に大きな注目を集めている。先日のAFCU23選手権同様、新旧の要素を一つに合わせ大いに挑戦してほしい。