//スーパースター、チャン・ワタナカの日本移籍と変わり続けるカンボジアサッカー

スーパースター、チャン・ワタナカの日本移籍と変わり続けるカンボジアサッカー

 年が明けて早々の13日、カンボジア、日本両国にとって嬉しいニュースが飛び込んできた。ボンケットアンコールFC所属でカンボジアを代表するストライカー、チャン・ワタナカ選手が日本のJ3に所属する藤枝MYFCに一年間のレンタル移籍をすることが発表されたのだ。これまでにもキム・ボレイなど数名の選手が海外リーグでプレーしていたことはあったが、初の日本への移籍ということもあって市内のホテルで行われた会見にはカンボジア国内の主要メディアがこぞって取材に訪れた。
 ワタナカ選手は集まったメディアを前に、昨年一週間練習参加をした際、「クラブの様々な面にとても満足することが出来た。海外でプレーするという夢を叶えられたことがとても嬉しい。」と述べた。また、「アジアで一番サッカーの優れている日本でプレーすることが非常に良い経験になると思う。この移籍は次の世代にとっての道標になるもので、次世代の選手は私以上のことが出来ると思う。最も大切なことは自分を信じることです。」とも述べ、今回の自身の挑戦を糧にして若手選手の海外挑戦が今後も続くことを願った。

 日本国内でもこの移籍のニュースはスポーツメディアを中心に伝えられ「J3藤枝がカンボジアの至宝を獲得」などと言う見出しで伝え日本国内のサッカーファンからも歓迎の声が上がった。ワタナカ選手がにわかに注目されるようになったのは2013年頃からだ。当時のワタナカ選手はメンタルの弱さを指摘され、加えて90分通して戦えるスタミナを備えておらずベンチメンバー扱いだったが、それでもシュートセンスは抜群で、スーパーサブ的な扱いで活躍することが多くなってきていた。しかしまだまだ同国を代表する選手というような立場ではなかったのも事実で、当時カンボジアを代表する選手といえばワタナカ選手と同じくボンケット所属のラボラビー選手や名門プノンペンクラウンのソクンピア選手、プリアカンリッチのウドン選手等だった。ワタナカ選手自身も代表チームに招集された際などには彼らから学ぶ姿勢を見せており、特にソクンピア選手とは移動の席をいつも隣に座るなど積極的に交流を持っているように見えた。そして本格的に注目されるようになったのは2014年シーズンからだ。初のシーズンMVPを獲得し、翌2015年もMVPを獲得。日本で行われたW杯2次予選の際にも注目選手として日本のメディアに取り上げられ、怪我により出場機会は無かったものの多くのサッカーファンが彼の名前を知ることとなった。更に2016年シーズンも3年連続でMVPを獲得。いつしか日本では「カンボジアの至宝」と呼ばれるようになり、カンボジアサッカーと言えばワタナカと国内外問わず言われるまでに成長した。

 そんなワタナカ選手の移籍だが、相手ディフェンダーに跳ね飛ばされてベンチで半ベソをかいていた頃から彼を見ている身としてはどうしても老婆心が先行し、不安ばかり浮かんできてしまう。メンタルの弱さは重大な欠点だとしても、実力は十分だと信じて疑う余地はないが、この移籍には多くの人が関わりそれぞれの思惑が無いわけはない。話題作りという面もあるだろう。カンボジアのローカル記者の間では藤枝MYFC側は彼を獲得する条件として、通訳や車、住居など様々な環境整備のために月に一万ドル以上の金額を用意していると話されている。それがどこまで定かであるかは明らかにされていないが、会見時に藤枝MYFCの小林代表は、もし彼の価値が日本国内で証明されれば、複数年の契約も考えられるし、仮に他チームからのオファーがあればもちろんそのオファーに応じる意志があると語り、一時の話題作りではなくチームとして今後の選手としてのワタナカ選手の成長を支えていく意志を示している。小林代表のその言葉を信じて彼を送り出したい。

 そんな訳で2月末にシーズン開幕を迎えるカンボジアの国内リーグにワタナカ選手の姿はもう無い。絶対的なスターを欠く状態で、折角盛り上がってきたサッカー人気に陰りが出るのではと心配してしまうが、運営そのものにも大きな変化があった。
 今までFFC(カンボジアサッカー協会)が表に立ち統括してきた国内2つの大会。フン・センカップと、メットフォンカンボジアリーグの両大会の運営組織がCNCC(カンボジア国立協議委員会)と言う新しい組織に引き継がれた。このCNCCはFFCの下に組織されながらもFFCからの過干渉を受けない立場の組織で、大会の運営はもちろん広報活動など全て面を引き継ぎ、今後FFCは国際大会と代表チームに関することのみに集中する。これまでFFCと国内リーグに所属しているチームとの間で少なからず意見の不一致があったことは確かで、今後はCNCCが緩衝材となる形でリーグとしてFFCからの独立性を強めていくことが予想される。

 これ自体はとても前向きな物と捉えることが出来る。それは国内リーグの底上げの動きが本格化し始めていることに他ならない。カンボジアのサッカーシーンを牽引し、ここ数年で大きな変化を遂げたのはFFCの主導のもとに進められてきた国際大会と代表チームの人気だった。5万人の観客が押し寄せるまでの人気となった国際大会と比べると、国内リーグの盛り上がりはイマイチと言わざるを得ず、集客や広報活動などは個々のチームが独自に行い、中には全く手が回っていないチームさえあった。その部分にメスを入れリーグとして国民に広くアピールしていくための仕組み作りが今回の運営組織の独立化と言える。すぐに目に見える変化が起こるとは思えないが、カンボジア国民にとって必須の情報ツール、フェイスブックページの開設やビデオクリップの作製など実動部隊は既に動き出している。また今月12日にはCNCCの名を冠した初めての試合がオリンピックスタジアムで開催される。変化が始まるとものすごいスピードでそれまでのことが過去の事となるのがカンボジア。どのような変化が起こるのか追いかけていきたい。