//政治評論家殺害事件とソーシャルメディア。

政治評論家殺害事件とソーシャルメディア。

政治評論家殺害事件が発生。

 

去る7月10日午前8時40分頃、SNS上のカンボジア国民の関心を集める出来事が発生した。政治評論家カム・レイ氏殺害事件だ。SNS上の、と限定したのはこの事件の報道姿勢がSNSを含むオンラインメディアとその他で扱い方に差が生じたからだ。本件について先ず時系列を追って現在までの動きを説明する。

7月10日午前8時40分頃、政治評論家として国内では広く知られていたカム・レイ氏がプノンペン市内のコンビニエンスストア内にてコーヒーを飲もうとしていた所を拳銃で撃たれ殺害された。犯人は現場から逃亡を図ったが、約1.5キロ離れた寺の中で警察に身柄を確保され逮捕された。警察は逮捕直後に会見を行ったが、供述内容の真相が不明として引き続き捜査を進め真相を解明するとした。事件現場となったコンビニエンスストアでは事件直後からSNSを通して情報を得た反政府団体とその支持者が集結し、さながら反政府集会のような様相を呈した。支持者達は現場検証を終えたカム・レイ氏の遺体搬送に警察が用意した車両が使われることを拒否し、本人所有の乗用車で葬儀会場まで搬送することを希望した。そして、悶着の末にこの要求に警察側が折れる事となった。その後遺体は葬儀会場のワットチャへ移送されたが、その道中は車を先頭にして支持者の列が続き最終的には見物人なども合わせて数千人規模の大行列へと発展した。遺体はワットチャに一時的に安置されることなり、多くの支持者が事件から一週間以上経った今も連日弔問に訪れている。当初19日に行なわれるとしていた葬儀も順延され、今後の日程は未定となった。一方、容疑者側は即日裁判所に送られ、13日に計画殺人と住器不法所持で終身刑を言い渡され既にプノンペン郊外のプレイソー刑務所に収監されている。

 

真実を取り残して錯綜する情報とソーシャルメディアの存在感。

 

カム・レイ氏殺害事件は発生当初より、立場によって対応が割れた。反政府団体と支持者は一斉に陰謀論を持ち出し、氏を銃弾に倒れた「愛国のヒーロー」として祀り立てた。これにより一斉に国中の反政府団体と、支持者に火が付いた。しかし、政府側は真相が不明なこともあり冷静な対応を呼びかけることに終始した。フン・セン首相は事件翌日の憲兵隊新庁舎完成式典の際の演説で、カム・レシ氏に追悼の意を表し、加えて本件を政治利用するべきではないと述べた。そして、メディア統括する情報大臣も本件の扱い方について国内外の関心が高く様々な意見で議論が交わされるはずだ。しかし判断は専門家に委ねるべきだと述べ、様々な情報が錯綜しこれ以上国民が混乱することのないようメディア各社に求めた。政府側の対応が後手に回ったような印象を受けるが、これにはソーシャルメディアが持つ「不確実性を伴った速さ」が深く影響している。

事件発生直後から、反政府団体や支持者はフェイスブックを始めとしたSNS上でスピード感を持って本件を大きく取り扱った。その為、現場には事件発生から1時間足らずで数百人の支持者が集結。集まった個人がまたSNSを利用して本件を拡散したためごく僅かな時間でねずみ算式に情報量が増幅されカンボジア国民のフェイスブックは、この日この情報で独占されたと言っても過言ではない状況となった。そんな中で正しい情報が得られていないまま、個人がこの時間に感じた感情が「不確実情報」として独り歩きし、真実を取り残したような状況となっていった。また、このように個人個人が不確実情報を発信していく中で、「確実性」を必要とする既存のテレビ、新聞等のメディアから発せられる情報が遅れた事も反政府団体の勢いを助長させた。とにかく事件について情報を得たいという国民にとって最重要視されることは情報の質ではなく速さであり、次から次にタイムライン上に現れる本件に関する投稿が国民に与えたインパクトはとても巨大なものであった。本件は多くの国と同様にカンボジアにおいても最速の情報ツールはSNSであり、既存のメディアではこの情報の速さでは太刀打ちが出来ない事が奇しくも判明することとなった。

 

カンボジア人記者に聞くカム・レイ氏殺害事件とSNS。

 

このように、SNSがその速さを活かして本件に関する情報の最大の発信源となり「確実」「不確実」問わず本件の情報を牽引してきた。しかし、SNSは不確実性を伴うということを理解せず利用している利用者も多いのも事実である。このことに関して情報を出すということを専門としてきたジャーナリストはどのように捉えているのか。様々な媒体で仕事をしてきたカンボジア人ジャーナリストに本件とSNSのあり方に関して話を聞いた。

まず、殺害後反政府団体や支持者から「愛国のヒーロー」として祀り上げられたカム・レイ氏の人となりについてだが、「彼は言論の自由を体現する勇気ある偉大な人物だした」と回答。そして今回の事件がどのような経緯で背後関係があるのかということについては「事実が分からないので答えることは難しい」と回答した。

次にSNSに対して既存の報道機関から発せられる情報が少なく報道姿勢に違いが見られたことについて彼は「SNSとくらべて報道機関が本件を報道していないということはありません。多くの報道機関が本件を取り上げています。そこに、各々の報道機関に異なる政治傾向があったとしてもそれは単純に各々の報道機関がそれぞれの立場/スタンスから事件を捉えて記事・主張を書いているということです」と回答した。

そしてSNSが本件に与えた影響とSNSの発展をどのように感じているかということについては大変興味深い回答が得られた。本件はSNSが事件そのものの筋書きを形成する一翼となり、もしSNSがなければ本件は違った様相を見せていたかも知れず、SNSによって国と国民の距離が縮まった一方で本来意図していなかったものが民意として自然発生的に物事を動かしていくことについて利点と弊害をどのように考えるか、という問に対して彼は「SNSの発展は良い作用を与えていると思います。しかし、その情報が正しいのか正しくないのかを考慮せずに情報を発信することで広く混乱を招く事が出来る点については懸念を覚え不安に感じている」と言う。

最後に、近年の急速な発展に伴い、国民への情報というものの取り扱いの難しさが増しており、野党勢力の急拡大と与野党間の軋轢もこの難しさに拍車をかけている今日において、情報を出す側としてどのようなところに難しさを感じているかということに関しては「私は取材・報道において中立の立場を取っています。それなので取材・報道に今日の情勢が影響していることはありません。しかし、以前以上に慎重にならなければいけないとは感じています」と回答した。

 

新しい時代の情報受信力。

このように情報を出すことを仕事としてきたジャーナリストからすれば、今回の殺害事件の情報を取捨選択しながら判断することが出来る。しかし、犯人は刑務所に収監され、被害者はこの世界に存在していない状況であり、情報の精査は慎重な判断を要する仕事となる。今後も本件に関わらず事件や政治的事象が起こる度に、今回のような不確実性を伴った情報はカンボジア国民の生活に大きく影響することになるだろう。来年には地方選挙が控え2018年には国民議会議員選挙が控えている。このような状況の中で、今回のように情報の正確さが置き去りにされ感情が人々の共感を呼ぶ、それによって感情が責任の所存しない情報となって発信された場合、カンボジア国民はどれだけ冷静さを保つことが出来るだろうか。これからは情報を受信する能力の向上もこの国の発展に影響をあたえるかもしれない。

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