//ブディン、再開発計画に許可。

ブディン、再開発計画に許可。

前時代を象徴するブディンと呼ばれる建物。

プノンペンにブディンと呼ばれる荒廃した建物があることを読者の方はどの程度御存知だろうか。多分全く知らないと言う人も居るだろう。ブディンとは、プノンペンセンターとソティアロス通りに挟まれた場所に立つ古い集合住宅だ。完成当初その外観からホワイト・ビルディングと言われていたが、歳月を経てブディンと呼ばれるようになった。50年以上の歴史を持つこの建物は、カンボジアを代表する現代建築の鬼才、バン・モリバン氏の監修の下に設計され、1963年に完成した。完成当初は新しいプノンペン、そしてモダニズムを象徴する建物としてもてはやされ、芸術家などが居を構えていた。しかし、その後訪れたポル・ポト政権下では廃墟となり、政権が倒れた後には不法滞在者等に占拠された。現在では個々の部屋ごとの所有権などは割合きちんとしているが、ボロボロの外観に完成当時の面影はなく、2015年には建物数カ所に亀裂が確認されたのを受け退去命令が発せられている。売春、ドラッグ、貧困問題等が混在するブディンは、プノンペンの負の側面を象徴する建物として取り上げられることも多くなっていた。

 

始動した再開発計画。

そんなブディンだが、ついに再開発計画の許可が下り住民への説明会が行われた。説明会にはブディンに住む約500家族の代表者と計画を許可した国土計画省のチア・ソパラ大臣、再開発を請け負った日系企業の担当者が顔を揃えた。具体的には今後の立ち退き交渉の際に条件が提示され、住民は7万ドルの保証か、再開発後の建物に部屋を貰うかの2つの案から一つを選ぶこととなった(説明会開催時)。大多数の住民が7万ドルの保証を希望しているようだが、国土計画省としては建て直し後の建物に部屋を与えたい意向が強く、詳細は詰まっていない。今後どのように事が運ぶか慎重に見守る必要がある。

国土計画省が退去ではなくあくまで、部屋を与える方向で話を進めたいのには理由がある。元々建て替え計画は、カンボジア政府から日系企業側にアプローチをして実現にこぎつけた。その際、国土計画省はあくまでも本事業を社会貢献的な側面を持つ事業として説明しており、そのことを理解した上での契約となっているのだ。社会貢献的側面というのは、仮にもし現金を受け取って退去した場合、ブディン以上の好条件を移転先で得ることが出来ない。現金を手に入れたことで、発生する様々な問題に住民が対応できないおそれがある。などの問題に関して検討を重ねた結果の結論であるという。そこで現在国土計画省は取り壊してから建て直しまでの一時的な移転先も含めて総合的な支援を住民に説明し、理解を求めている。しかし、住民の開発担当企業への不信感は少なからず存在している。一番の懸念事項となっているのは、同じく立ち退きの問題で大きく混乱したボンコック湖、ボレイケイラ集合住宅の様になることで、あのような状況になることが怖いと話している。

 

再開発に付きまとう保証と権利。

住民の不安は的中するだろうか。未来のことは分からないが、実際ボンコック湖、ボレイケイラ集合住宅では保証の難しさが浮き彫りとなって現れている。今となっては弱者(住民)対、開発側(企業・政府)の構図が鮮明となり、住民は弱者であることを全面に押し出している。欧米系のNGOから支援を得て抗議集会などを頻繁に催し、その都度茶番とも取れる衝突を繰り返している。住民は当たり前の権利と主張しているが、開発側を悪とする構図を自ら形成するなど、行き過ぎた弱者の権利主張と取れる部分もある。発展著しいカンボジアにおいて発展に伴う弊害を解決することが如何に難しいかを表している。

 

開発と文化的価値の共存。

初めに説明した通りこのブディンは、バン・モリバン氏の監督下で設計され新時代を体現した建物であった。モリバン氏はフランスにてコンクリート建築の鬼才であるル・コルビジェ氏に師事した後、カンボジア国内でオリンピックスタジアム、チャトモック劇場など様々なプロジェクトに携わった今でもカンボジアを代表する建築家である。そんなモリバン氏が手がけた集合住宅として、ブディンは唯一現存する建物だ。しかも実際に人々の営みが今日も行われており、外観は既にボロボロでは有るが50年経った今もその風格は格別なものを備えている。近年次々に新しい開発プロジェクトが立ち上がるプノンペンにおいては文化的価値の保全よりも発展を選びたいという気持ちは十分に理解できる。しかし、そこにある既存の価値を保持し、そして高めていこうと言う活動を疎かにしてはいないだろうか。その部分に関しても本事業は一石を投じる可能性がある。ブディンの一部を移設することや、建て直した後の建物の一部を既存の建物とのハイブリット構造にすることなども検討している。この事は今後プノンペンで同様に持ち上がるであろう、再開発案件の方向性を示すものとしても注目すべきところである。この国の人々は時として刹那的な生き様を選ぶ時が有る。プノンペンの開発の行方に国民性を重ねあわせた時、一抹の不安を覚えるが、本事業が滞り無く進み成功例として広く人々に認知されることを願いたい。

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