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コメ政策。改めて分かった大きな壁と中国の存在感。

 カンボジア政府が米を白い黄金「ホワイトゴールド」と呼び、2010年から5カ年計画で進めてきた米の輸出振興政策、通称ライスポリシー政策が終わりを迎えた。政府は2010年当時の輸出量約10万トンを5年で10倍の100万トンにする事を目標に掲げ、生産の機械化、高効率化を進めた。しかし、目標達成期限の2016年を迎えても年間の輸出量は57万トンに留まり目標達成は果たせなかった。何故目標を達成できなかったのか、そして今後この分野がどのように成長していくのか考えてみたい。

目標達成出来ず、隣国ありきの生産体制と意思統一の難しさ。

 2010年当時、政府の政策担当者はカンボジア国内で800万トンの籾が収穫されていることに着目、その籾を国内で精米すれば100万トンの目標達成は容易と考えていた。しかしそこで立ちはだかったのが国際需要と国内生産の不一致という根本の問題だった。カンボジア国内での籾の生産はベトナムに接するプレイベン・タケオの両州、タイに接するバッタンボン州などで盛んに行われている。しかしそもそもこの地域で生産している籾の品種そのものが両国へ輸出し精米することを前提としており、品種も国際基準で言うところのベトナム米、タイ米だった。例えばプレイベン・タケオの両州では年間で約200万トンの籾を生産しているが、これらの地域はベトナムと関係のある仲買人から種を買う。その仲買人に生産に伴う肥料や農薬を買う。そして育った籾をまた仲買人が買うという生産サイクルが成り立っていた。その為どれだけ多く籾を生産したところで仲買人とその買い手であるベトナムにコントロールされた生産となり、例えそれらの籾を国内で精米し輸出出来たとしても、国際市場においてカンボジア米だとは認められない品種の米であった。そこで政府はカンボジア独自の統一品種の生産を推奨、力を入れなければならなかった。カンボジア政府はカーディー研究所が開発したプカードムドゥールと言う品種を統一品種と選定し生産を推奨した。そして同時に、政策を民間で実行する団体カンボジアコメ連合を組織した。しかし農家や精米業者など実施主体の意思統一を図る為に組織されたこのコメ連合が皮肉なことに政策を減速させる要因の一つとなった。
 コメ連合には地方の有力精米業者や仲買人などが顔を揃え、会長にはカンボジア国内大手の農業生産法人SOMAグルー プのソク・プティブット会長が就任した。しかし地場でそれぞれが独自にそれなりに収益を上げている企業の集まりだっただけにそれぞれの主張は錯綜した。利害が複雑に絡み合う中、ソク会長が方向性を統一することに苦心したことは想像に容易い。それぞれが主張はするが、実際に国際基準と照らしあわせた場合にどうなのかと言えば、生産の専門家や精米技術者は国際的なレベルからは程遠く、使用している精米設備も旧式で、海外の需要に対応できる品質では無かった。具体的な例を上げれば、精米時に重要な基準に籾の乾燥具合が挙げられるが、どの程度籾が乾燥しているかを計る水分 計の使用習慣がカンボジアには無かった。そのため籾の精米時期を見極めることが出来ず精米品質は安定していなかった。現状を知った水分計市場で世界的シェアを誇る日本のメーカーが水分管理の必要性を農業省に説き、認定を獲得。水分計の普及に尽力し、今では徐々に現場で使用され始めている 。水分計の例はほんの一部であり、生産から輸出に至るまでこのような問題が次々に発覚している。つまり一から規格を作り国として米輸出を行う遥か以前の問題を実施主体のコメ連合自体が抱えていたことになる。前途の通りソク会長がこれらの問題を修正し、輸出販路を切り開き、正しい方向性を示すことは非常に困難であり、コメ連合は不安定な状態で活動を続けた。その結果が今回目標を達成できなかった要因の一つといえるだろう。

環境改善に伴って存在感を増す中国。

 このように時間が経てば立つほど国内の実施主体の問題は表面化しまだ解決を見ていない問題も多いが、それでも生産に伴う灌漑などの環境面は農業省や水資源気象省の働きによって飛躍的に改善を果たした。実際灌漑が進んだことで二期作が出来るようになった地域も増えた。そしてこの動きと平行して年間精米量10万トンクラスの精米所の建設計画も相次いだ。それまで籾を買っていた隣国の企業がカンボジア国内に精米所を建設する計画も出てきた。何よりも大きいのは中国企業の存在だ。カンボジアのあらゆる分野において中国の存在というのは急速に増しているが、米の輸出分野においても今後は中国が主導し中国最優先が進むのではと予想される。 背景には、中国公社のCOFCOと商業省関連企業のグリーントレードが中国向けの米輸出に向けて設立したジョイントベンチャーの存在がある。この企業は中国側が300億円を出資して設立され、年間30万トンの取引を行うとしており、取引が始まればその取引量は増加の一途を辿る事が予想されている 。と言うのも、中国では今後深刻な食糧不足が起こることが確実視されている為だ。現在の年間1億トン以上米を生産している中国だが、それでも年間で1000万トン程度不足をしている。その中国が800万トンの籾の生産があり今後も増える見込みのあるカンボジアを相手に僅か30万トンの取引に甘んじるとは到底考えられない。中国と取引を続ける以上は100万トンの区切りを迎えるのは時間の問題である。輸出量が増えれば農村は潤い農民の暮らしは豊かになるだろう。短期的に農村を豊かにする可能性を考えればカンボジア政府の中国へのアプローチも十分に理解でき、最善の選択なのかもしれない。 しかし、長期的に見て中国と取引を続けていくことはカンボ ジアにとって幸せだろうか。輸出量が増えれば増えるほど、生産の主導権は中国が握る。過激な例えかも知れないが、その姿はかつて欧米諸国がアジアに農業生産を強いた時代と被る。 取引価格は容易にコントロールされる。事実この所中国はカンボジア米の取引価格を下げてきている。当たり前の話である。 中国から既に300億円に及ぶ支援を得ており、取引量が増えるに連れその支援は増えていく。
 不完全燃焼の5年間が終わった。この5年間は決して短い時間ではなかったはずだ。関係者が一つの方向に向いて作業をすれば将来に向けてカンボジアとして主体性を持った米生産を行う道筋を付けることも出来たかもしれない。しかし、これからは容易では無いだろう。この5年間は中国にとっては猶予期間の5年間だったのかも知れない。カンボジア政府は次の米政策の指針を「工業化」と定めているが、政策の実行に当たってこの5年間自分たちで出来なかったのだから中国の意見を聞きなさいと言われてカンボジアはNOと言えるだろうか。

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