Japanese Restaurant EDAMAME
海外飲食店コンサルタント
高橋 正樹さん
– まずは高橋さんの経歴を教えてください。
大学時代に空手で学生のナショナルチームに選ばれるほど空手一筋で、卒業後は銀行系の建築関係の会社に就職して2年くらいはそこで働いていたんですが、どうも人に使われる事に馴染めなくて辞めてしまいました。
辞めて何をするか考えた時に空手のナショナルチーム時代にいろいろ海外に行っていたので、目線を海外に向けて探していてカナダに何か商売がないかと探し求めて行きました。そこで寿司屋で働き始めたのが本格的な料理人としての修業の第一歩でした。カナダ2年間、アメリカに半年いたんですが、アメリカでは空手を教えながら料理を教えたりしていました。
その後に日本に帰ってきて、何をやろうかと考えた時に何か作る事が好きだったのと身近に飲食があったので、やるならやっぱり飲食業だと思い福岡でフランチャイズ含め45店舗あるラーメン居酒屋に就職しました。そこで経営陣一歩手前までいったのでここはもういいやと思って、次は多国籍料理に移りました。
その後、福岡の薬院で独立して自分で店を出したんですが、これが意外と上手くいって3年で4店舗まで広げました。でもどうしても飲食業だけだと波があるので、他の事もやろうと考えた時になぜかスイーツ業界って飲食業界と波が逆で、飲食業界が盛り上がっている時はスイーツ業界が下火で逆に飲食業界が下火の時はスイーツ業界が盛り上がるというサイクルになっている事に目を付け、売上のバランスを取るためにロールケーキ専門店を始めたりもしました。
で、当時はまだ若かったのもあってつい調子にのって週4でゴルフに行ったり毎晩中州で飲み歩いたりしていたら、いつのまにか売上がどんどん落ちていき結果、店を潰してしまいました。
後処理が落ち付いた後、知人の店を手伝いながらまた海外を目指そう思っていて、2年後には香港に行ってましたね。その後、ニュージーランドに移り、さらにニュージーランドを出る時にベトナムとカンボジアで上手くいっていない店の再建を依頼されベトナムとカンボジアを行ったり来たりしながらコンサルタントという形で再建を手伝いました。
– カンボジアで飲食店を成功させるのはかなり難しい印象ですが、どう思われますか?
かなり難しいと思います。
まだまだ所得が低いので衣食住のバランスが悪いですからね。なので、どこにターゲットを絞るのかを誤れば確実に失敗する。カンボジア人でもどの層を狙うのか、欧米人を狙うのか、日本人を狙うのか、そのターゲットに向けてメニューを決め、価格設定を決める。
先進国ではある程度どういうものが売れるかのセオリーがあるんですが、カンボジアにはそれがないので余計に難しいんですよね。
– えだまめに関わるようになって売り上げが伸びたそうですが、その辺についてお伺いします。
元々えだまめの立ち上げのメンバーだったんですよね?
そうです。でも最初にその話をもらった時はあの場所でレストランをやるのは無理だと反対しました。結果的にはそれでもオープンする事になったんですが、日本人がいては採算を取るのが難しくなるのでメニュー構成などオープン前の準備までは手伝ってオープン直前には抜けました。
– その後、オープンしてしばらくは調子が良かったようですが、徐々に売上が落ちていきます。そのタイミングで戻って来られた訳ですが、戻って来た時の印象はどうでした?
サービスも味も管理体制も最初に私が作った時とは変わってしまっていました。一度失った信用を取り戻すのは最低でも半年はかかると思っていました。
– 具体的な施策としては何をされたんですか?
まずメニュー変えました。そしてスタッフを同じ方向に向かせるため、とことん話し合いました。さらにカンボジア人マネージャーの教育ですね。もっと細かい事を言えば本来5人前作れる食材をつまみ食いや中途半端な切れ端を簡単に捨ててしまっていましたので、実際には4人前しか作れなかったので、ロスも大きかったのでその辺の改善もやりました。
従業員満足度を上げる事が顧客満足度を上げる事に繋がると信じていましたので、スタッフの教育と同時に細かくケアもしました。
あとはお客様がお金を払う時にこの店に来て良かったと思ってもらえるかどうか、そこに対して真面目に取り組み、しっかり数字の管理が出来れば売り上げは必ず上がっていくと思っていました。
結果としてメニューを変えて1ヶ月で売上も倍以上、利益率も2.5倍になり、ここまで早く結果が出るとは思いませんでした。
– 今後はどのような計画なんでしょうか?
えだまめとしては、これまで日本人ターゲットでやってきて、結果も出てきたので次は欧米人や中国人を狙っていきたいですね。そして個人的には料理学校を作りたい。日本食を学んだカンボジア人が日本の飲食店でも働けるようなそういう仕組み作りをしていきたい。
ちゃんと生活できてないと棘が立ってくるので接客業をやる上では本当に良くない。今後カンボジアがもっともっと豊かになっていけば飲食業界はより良くなると思います。
私自身もう51歳ですが、人生今からだと思っています。今までここぞというタイミングうまいこと助けてくれる人が現れて、なんだかんだ今までやってこれましたので、人との出会いに感謝しながら今度は自分が誰かの助けになれたらと思っています。